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     ガサガサと下草を払い除けながら、スピネルは走っていた。
    背後からはキアペルラモールの息遣い。
    もう何度目だろう――
    スピネルは幾度となく夢の中でキアペルラモールに追いかけられていた。
    だが、あの時の恐怖はそのままに全力で逃げて、追いつかれて殺されそうになって目が覚めるのだ。
    夢の中には、ペリドットは居ない。たった一人でキアペルラモールから逃げるのだ。
    とても夢の中とは思えない緊張感。
    首筋を汗が流れていく不快感までもがあの日のままだ。

    ―――怖い!

    スピネルは恐怖を感じながら、必死に足を動かす。
    そこで、下草に隠れた木の根に足を取られた。
    無様に転んで這い蹲った所に、不気味に迫るキアペルラモールの唸り声。
    咄嗟に腰の剣を探すが、無い。
    辺りを見回しても武器になりそうなものは無い。
    ―――どうしよう…怖い…誰か助けて…
    パニック状態に陥ったスピネルは這い蹲ったままの状態で必死に逃げようとするが、上手く力が入らない。
    そのうち追いついたキアペルラモールがスピネルの回りをグルグルと回りだす。
    ―――もう駄目だ…
    迫りくるキアペルラモールの爪と牙に、スピネルは叫び声を上げながら目を閉じた。

     スピネルは声を上げながら、ベッドから飛び起きた。
    着ていた衣服はぐっしょりと汗に濡れ、息も上がっていた。
    「…またあの夢だ…」
    夜風を浴びようと、窓を開ける。
    するとそこへ、扉を叩く音がする。
    「スピネル、起きてる?」
    ペリドットだ。スピネルは扉を開けた。
    「ごめん。寝てた?」
    「いや、大丈夫。どうしたの?」
    ペリドットの息は弾んでいる。部屋に居たのではないのだろうか?
    「あのね!聞いて!」
    ペリドットはペドレリーアに聞いた話を話し始めた。

    「ふーん。なるほどね。心の強さは自信。か…」
    ペリドットの話を聞いて、スピネルは考え込むように呟いた。
    「私、この旅に出て、今まで持ってた自信を無くしかけてた。自分が本当に騎士になれるのかって。今のままじゃとても騎士になんてなれないわ。ペドレリーアの話を聞いて、それに気付いたの」
    まだ問題は何も解決していないけれど、まるで問題が解決したかのように嬉しそうにペリドットが話す。
    その様子を見て、スピネルはさっきの夢の中の自分を思い出し、惨めな気分になった。
    ―――ペリドットはいつでも真っ直ぐだ。なのに俺はこんなにも弱くて、夢の中でもキアペルラモールに追いかけられて…
    「…スピネル、聞いてる?」
    「え?何?ごめん」
    「もう!だから、ベリルさんに出す答えよ。自分達で答えを出さなきゃいけないでしょう?」
    話を聞いていなかったスピネルにペリドットは頬を膨らませる。
    「そうだね。どうしようか…」
    「まあいいわ。今日はゆっくり寝て、このことは明日ゆっくり話しましょう。」
    ぼんやりとした様子のスピネルに、ペリドットは軽い溜息をつきながら、話を切り上げた。
    「じゃあ、おやすみ。スピネル」
    ペリドットはスピネルが疲れているのだと思い、自分の部屋に戻っていった。
    「何やってるんだろう…俺は…」
    スピネルはペリドットの出ていった扉を見つめながら、頭を抱えた。
    キアペルラモールに襲われた日以来、まともに眠れていない。僅かな仮眠の時でさえ、あの夢を見る。
    ―――俺はペリドットみたいに強くない。それは分かってる。今朝の勝利だって、偶然だ。ペリドットが下草に足を取られなかったらいつものように負けていただろう。
    「心の強さなんか、俺にはからっきしだ…」
    自嘲気味に呟いて、スピネルはベッドに体を投げ出した。

     翌日。ペリドットとスピネルは朝食を取りながら昨夜の話の続きをしていた。
    「信念って難しいわよね。形もないし、すぐに分からなくなっちゃう」
    パンを千切りながらペリドットは話す。
    それを聞きながら、スピネルはベーコンをフォークで弄んでいた。
    「俺は…俺には信念も自信もない。ましてや、君のような強さもないんだ」
    そう呟きながら、スピネルはここのところ悩まされていた夢の話をペリドットに語り始めた。
    「あの日以来、毎晩夢を見るんだ。薄暗い森の中でキアペルラモールに追いかけられる。剣もなくて、ペリドットも居ない。ただひたすら走って…走って…」
    「その後どうなるの?」
    「キアペルラモールに襲われるところで目が覚める」
    思い詰めた表情で語るスピネルに、ペリドットは何と言葉をかけていいか分からなかった。
    「…あの日からずっと?」
    「ああ。仮眠の時にも見る」
    スピネルは頷いて、話しだす。
    「俺にもどうしていいのか分からないんだ…」
    頭を抱えるスピネル。
    その様子に、ペリドットも頭を抱えたくなった。
    「どうしよう…答えどころじゃなくなっちゃったわ…」

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       自分の強さとは何か…。

      ペリドットは一人頭を悩ませていた。
      スピネルに言われたものの正直それだけが強さとははっきり言えない自分もいた。
      「心の強さ…っていう点は根本なんだろうけどなぁ…」
      しかし、心の強さといっても人それぞれというもの。
      自分を犠牲にしても助けることも強さだろう。
      あの時はそう思ったのも事実。
      でも、それ以上になにかそう簡単に言えないものもある気がしてならない。
      「だめだ…寝れない…」
      ベッドに一度横になったものの寝付けそうにない。
      ペリドットは気分転換のため宿を出てまだ賑わう街へ足を伸ばした。

       陽気な音楽、人々の楽しそうな声をBGMにペリドットは行く宛もなくただ歩く。
      「…良い街なんだけどな」
      考え事をするには些か気の散る街である。
      静かなところなど殆どないのではないだろうかと思い始めた頃、彼女は誰かに呼び止められた。
      「ちょっと」
      しかし、街に知り合いなどいない。
      人間違いだろうと無視を決め込めば今度は肩を掴まれ強引に振り向かされた。
      「ちょっと! 呼んでるのに聞こえてないの?!」
      ペリドットの目に飛び込んできたのはどこかで見た顔の少女。
      「えっと…」
      「ちょっと !さっき会ったばかりなのにもう忘れたの?!」
      羽織っていたカーディガンを脱いで見せる踊り子の衣装、気の強い言葉。
      さっき会ったと言う少女を少し見つめて漸く気付く。
      「あ、さっきの酒場の…」
      「ペドレリーアよペドレリーア!」
      一体何の用かと首を傾げれば彼女は真っ直ぐ自分の歩いて行こうと思っていた方向を指さした。
      「何?」
      「何?じゃないわっ。アナタ自分が行こうと思ってる場所分かってんの?!」
      「へ?」
      「呆れた。ホントこの街のこと何も知らないのね…はぁ」
      額に手を当てペドレリーアは溜息を付く。
      「だから、何よ?」
      「とりあえず離れるわよ」
      彼女はペリドットの腕を引っ張り元来た道を早足で歩き始めた。
      「ちょ、ちょっと」
      「いいから行くわよ!!!」
      ずんずんと歩く彼女にされるがままどう歩いただろうか…。
      たどり着いた先は…。
      「か、神の…林檎亭」
      ベリル達が塒にしている酒場だった。
      「さ、入って入って。遠慮はいらないわ。どうせ貸切だもの」
      ペドレリーアは顔を明るくして扉を開ける。
      中はやはりというか、傭兵団の人間が楽しく飲んでいた。
      しかし、ここはペリドットにとって頗る都合が悪い。
      なにせ、ここの連中を仕切っている親玉にスピネル共々課題を食らわされているのだ。
      答えも出ていないのに彼と会うのは気が引ける。
      キョロキョロと周りを見渡すペリドットを引っ張り、席につかせると彼女も向かいの席に座る。
      酔っぱらい達は二人の入店を全く気にしない。
      そして幸いにも自分達に「強さ」を問うた人物もいないらしい。
      「ちょっと、何キョロキョロしてんのよ」
      不安そうに店内を見渡すペリドットにペドレリーアは頬杖を付いて眉を顰めた。
      「あ、えっと…何でもないわ」
      色々と聞きたい事はあるが、ペリドットはまず何故ペドレリーアが自分に声をかけたのかを尋ねた。
      「ああ、それね」
      彼女はポケットから一枚の地図を出して広げた。
      それはジャメルの地図。
      「これ、この街の地図ね。 で、さっきアナタがいたのはここ」
      そう言って指をさしたのは地図の西側。
      「で、その先はカナール地区」
      「カナール地区?」
      ペドレリーア曰く、そこは大きな街の唯一の闇。
      「通称ブラックストリート。 王国公認の暗黒街よ」
      「王国…公認…それって犯罪の温床じゃない。何で王国がそんな…」
      「馬鹿ね。 大きな街には大体存在するエリアよ?」
      世界は広く、自分達の中では犯罪と呼ばれるものが犯罪ではない文化もあるそうで、そういった文化との交易をする場の一つとして国が設けた場所だという。
      そこでのルールはただ一つで全ての行動は自己責任という事だけらしい。
      「ここに入ったら私達の常識は通用しない。 何でも許される場所なの。 だから何があっても知らなかった分からなかったでは通用しないわ。 全て入ったヤツの責任ってコト」
      王国は何を考えているのやらと彼女は溜息で締めくくった。
      「感謝してよね助けてあげたんだから」
      「う、うん…ありがと」
      彼女は近くにあった誰のものかも分からない水を手にするとそれを呑み欲して表情を優しいものへと変えた。
      「ところで、アンタ連れは?」
      「え? ああ、宿にいるわ。 ちょっと考え事したくて一人で外に出たの」
      「ふーん。 で、ぼぅっとしてあそこで突っ立ってたわけね」
      苦笑するペリドットに彼女は意外な言葉を口にして意地悪そうに笑った。
      「ねぇ、考え事ってベリルに関係してるでしょ」
      「え?」
      何故ペドレリーアが自分の悩みについて彼が関わっていると知っているのか…。
      ペリドットが怪訝な表情をしたのを確認すると彼女は笑い出した。
      「あははは、やっぱりね。 もぅ、うちの大将ったらホント意地悪ね」
      「た、大将?」
      「そ、私も傭兵団の一人」
      ペリドット達が訪ねて来た日、彼女はそれを周りの仲間と一緒に見ていたのだと言う。
      「そろそろ同じ歳くらいの仲間とか欲しいって思ってたのよね」
      頭の整理が追いつかないペリドットにペドレリーアは話を続ける。
      「で、どんな難題ふっかけられたの?」
      普段ならば、初対面の子供を仲間にしない大将がマトモに話を聞いて、そして課題を出した二人。
      好奇心旺盛な年頃のペドレリーアが興味を持たない理由はない。
      あの日から密かにペリドットとスピネルがどんな人物なのかを見ていたのだ。
      そして、何やら深刻な顔で悩んでいたため放っておけなくなったのが先程の夕方。
      「難題…というか…」
      「何よ、はっきりしないわね」
      彼女は傭兵団の一人。
      口でも滑らせてベリルに何か言われるのではないかとペリドットは落ち着いてきた頭で警戒した。
      それを見透かしたのかペドレリーアはふっと笑う。
      「大丈夫よ。 大将には内緒にしといたげる。それにさっきも言ったでしょ? もうそろそろ同じ年代の仲間が欲しかったって」
      手伝える事は手伝うという彼女にペリドットはベリルに出された「強さ」の課題についてを説明した。
      「なるほどねぇ。 で、アナタは優しさを答えに出しているけどまだ迷ってるって訳ね」
      「ええ、正直それは揺るぎないんだけど、まだ何か足りないというか…何故そう思うかが分からないの…」
      「そんなの簡単じゃない。 っていうか、大将ならどんな答えでも合格にするわよ」
      「それどういう…」
      「強さなんて人それぞれでしょ? 大将が納得する根本的な理由さえちゃんと知っていればいいのよ」
      「根本的な理由…」
      「自分を犠牲にしても他の人を助けるアンタの言う優しい強さの根本も私の強さの根本も全て心の強さなの。 でも、心の強さって答えじゃ大将は納得しないわ。 だってそんなもの誰だって分かる誰でも言える言葉でしょ?」
      ペリドットの中で燻っていたものの正体をペドレリーアは簡単で難しい事なのだと言う。
      そして先輩からの助言だと今までの雰囲気をがらりと変えて一息ついた。
      「心の強さってものの真実って何だと思う?」
      「強さの真実…」
      「心の強さってね、自信なのよ」
      「強さと自信の関係って?」
      「自信と自惚れは違う。 自信は実力を伴う力、自惚れは実力の伴わない過信した力」
      曲がることの無い信念を持ち続けられる自信。
      それがあるから強くなれるとペドレリーアは言う。
      「自信があるから気持ちに余裕が出来るの。 気持ちに余裕が出来ると周囲に目を配る事が出来るの。 周囲に目を配る事ができると状況が把握出来るの。 そしてその時に最良の、そう自分の信念に従った動きが出来るの。 そうすると結果は自ずと付いてくる。 単に心の強さと言うのは簡単よ。 でもね、その心の強さってのが本当は何なのかを知らないとその言葉はただの飾り、建前だけの綺麗事つまり自惚れになっちゃうのよ。 アナタが持つ信念が曲がらない事それが本当の強さよ…」
      「私の信念…」
      「見たトコ揺らぎに揺らいでる今のアナタには信念も自信もないみたいだけど、今はそれでいいと思うわ」
      自信という強さを求めるために悩み努力をする事も強さだと彼女は締めくくるとへらりと笑った。
      「なーんてね。 これ全部大将のウケウリ」
      しかしペリドットには新鮮だった。
      今まで考えた事もなかった強さの意味に何か光を見た気がした。
      「でも、これそのまま大将に言ったら勿論不合格だからね」
      「分かってる。 でも、何か分かった気がする」
      自分を信じること、自分に正直でいること、自分の生きる道それが自分の信念だった筈。
      村を出て体験した事は少ないけれど、それに振り回されて揺らいでいた自分は村にいた時の自信を失い、自分が信じていた道を疑い始めていた事にペリドットは気付く。
      「ごめん! ありがとう! えっと」
      「ペドレリーアよ」
      「ペドレリーア、私行くわ! 何か見えた気がするの!」
      ペリドットは見えかけた光を逃す訳にはいかないとペドレリーアに別れを告げそのまま酒場を飛び出して行った。
      「あっ! ちょっと名前…って行っちゃった」
      ペリドットの名前を聞きそびれ一人取り残されたペドレリーアはそれでも嬉しそうに仕方ないと肩の力を抜いたのだった。

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         その晩、二人は昼間街で聞いた評判の酒場『金の雄鶏亭』で夕食を取っていた。
        評判というだけあって、店内は夕食時にはまだ早い時間にも拘らず、人でごった返していた。
        この店では美味しい食事と共に、毎夜吟遊詩人の奏でる音楽と美しい踊り子の舞を楽しむために通う常連も多いようだった。
        二人は隅の目立たない席に通され、食事をしながら悩んでいた。
        「どう強くなりたい…か」
        陽気な音楽とは裏腹に、二人は謎掛けのようなベリルの言葉に答えを出すべく、頭を抱えた。
        「ペリドットは、強いってどんなことだと思う?」
        「そうね…スピネルも知ってるとおり、私の中の強さの象徴はロードナイトかしら?でも、そんな答えで、ベリルさんが納得してくれるとは思えないわ」
        あのベリルがそんな単純な質問をするわけがない。そんな気がペリドットはしていた。
        「そうだね。強いって、戦に勝つこと、魔物に勝つことだけじゃないと俺は思うよ」
        スピネルの言葉が気になり、ペリドットは林檎酒を飲みながら、先を促した。
        「強いってさ、例えば困っている人を助けることが出来る人も、僕は強い人だと思うよ?」
        少し照れ笑いしながら、スピネルは己の考えをたどたどしくではあるが話し始めた。
        「困っている人を助けるっていっても、道案内するとかじゃなくて、そうだな…貧しい人が、他のもっと貧しい人にパンをあげるような感じかな」
        「つまり、自分を犠牲に出来る人ってこと?」
        ペリドットの言葉に頷きながら、スピネルは続ける。
        「そうだね。それに見返りを求めない人だと僕は思うよ」
        つまりそれは、優しさという名の強さだ。ただ剣を振るうだけが強さじゃない。
        それを聞いて、ペリドットは考えた。
        「確かにそうよね、自分の状況より困って居る人がいたら、助けるのが当たり前。でも、それを当たり前と思わない人も確かに居る…」
        「俺は、ペリドットって強いなって思う。そんな困った人が居たら、自分のことよりまず、困っている人を助けたいと思うだろ?」
        「もちろん助けるわ。だって、困ってる人は助けなくちゃ!困っている人を見捨てたら、自分で自分のことが嫌いになっちゃうわ」
        真っ直ぐなペリドットの言葉に、スピネルは眩しそうに目を細めてペリドットを見つめた。

         難しい顔をして話しているペリドットとスピネルを遠くから見つめる人物が居た。
        その人物は、二人のテーブルにつかつかと歩み寄ると、声をかけてきた。
        「ねえ、さっきから難しい顔しているけど、ここはジャメル一の酒場、『金の雄鶏亭』よ?」
        突然掛けられた声に、ペリドットとスピネルは声の主の方へ顔をあげた。
        そこに立っていたのは年の頃は、ペリドットやスピネルと同じくらい、美しい踊り子の衣装を着て仁王立ちをする少女だった。
        「さっきから気になっていたのだけれど、貴方達は私の踊りも見ないし、食事だって全然美味しそうに食べてない!」
        少女の剣幕に二人は呆然と少女を見つめる。
        どうやら彼女は怒っているようだ。
        突然のことに、ペリドットもスピネルも何を言われているのかわからないという顔になる。
        そのことが余計に少女の怒りを煽るらしく、少女は更にいい募る。
        「このジャメルに来て、食事も楽しまない、私の踊りも見ないなんて、貴方達どうかしているわ!」
        「えっと…ごめんなさい?ところで、貴女は誰?」
        少女の剣幕に咄嗟にペリドットは謝ったが、捲くし立てる少女に対する疑問をぶつけた。
        その質問で、少女の怒りは頂点に達したらしく、握った拳を震わせながら、少女はペリドットを睨みながら、人差し指をつきつけた。
        「この街に私を知らない人間がいるなんて信じられないわ!よく覚えておきなさい、私の名前はペドレリーアよ!!!!!」
        そう言うと、少女―ペドレリーアはくるりと背を向け肩を怒らせ、去っていった。
        呆然としつつも、スピネルが呟いた。
        「…何だったんだろう…でも、可愛い子だったね…」
        これが、二人とペドレリーアとの最悪の出会いだった。
         
         思わぬ珍客の乱入に、ペリドットもスピネルもすっかり考え事という空気ではなくなってしまい、残りの食事を普通に楽しみ、宿へと戻ったのだった。

         宿の部屋に戻ったペリドットは、改めてスピネルの言葉について考えた。
        優しさという強さ――それはつまり、心の強さだ。
        自分はリーリオ村を出てから、どんどん心が揺れ動いている。
        騎士になること、ロードナイトになること。それだけを夢見ていた自分には、心の強さが足りない。
        スピネルのように、いつでも在るがままを受け入れ、にこにこと笑っていられる心の余裕が正直なかった。
        強いということは、ただ剣を振るい敵を倒せばいいということではない。
        その敵が魔物なら、躊躇わずに止めを刺せるだろう。だが、その敵が自分と同じ人ならば…?
        「私が騎士になろうなんて、甘かったのかしら…」
        ペリドットは独り言を呟いて、枕に顔を埋めた。

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           私が負けたのは…。
          そう、ちょっと油断したからよ。

          スピネルと稽古をして負けたのは、彼が思いの外ちゃんと考えていたから。
          村を出る時も着の身着のまま、キアペルラモールと戦った時も若干逃げ腰で、エルフの集落を出てから至極行楽気分なあの幼馴染が今までに見せた事もない真剣な眼差しと言葉で強くなるなどと言うものだから拍子抜けして私は思わず足を取られたのだ。
          「怪我ない?」
          「勿論よ」
          稽古終わりに手を差し伸べられたけれどなんとなくムカついた気持ちが勝り何事もなく立ち上がって朝食をとった。
          あの時の言葉は本音なのだろうけれど、目の前で一緒に食事をするスピネルはそれが嘘だっかの様にまた行楽気分な言動を繰り返していた。
          「どうせ、酒場街の朝は遅いんだ。だったらベリルさんが起き出す前にちょっと街でも散策してみないかい?」
          彼に負ける筈なんてないと思っていた。
          ちょっとした油断。
          そう思いたい自分とそうでない自分がいる。
          「…ト?おーい、ペリドット?」
          「え?あ、うん何?」
          目の前で手を振るスピネルが心配そうに眉を下げた。
          「どうしたのさ。もしかしてまだ眠たいとか?」
          「別になんでもないわよ」
          私は今まで感じた事のないグラグラと揺れる様な気分でいた。
          多分それは迷いというもの。
          ここにきて騎士への気持ちは変わらない。
          ただ、言い様のない不安とでもいうのだろうか…。
          彼に負けた事は大した事ではないはずなのにそれが妙に引っかかり心にモヤモヤを残していた。
          「そう?なんだか元気がないみたいだけど?」
          旅に出て出鼻をくじかれたとはこの事なのだろうか。
          森での戦いからどんどんと自分の自信が煙の様に消えて行く気がする。
          いつでも真っ直ぐに進んできた。
          それだけで私は私らしくいられたのに。
          真っ直ぐに進むだけでいい筈なのに…。
          それなのに、今は幼馴染にすら置いてけぼりをくっている様な感覚。
          一体どうしてしまったのだろう…。
          晴れない気分のまま私はスピネルの案に乗り街の散策に乗り出す事になった。

           もう日が高くなって随分。
          漸くといった感じで街の人々が動き出す。
          武器や防具、それから旅の道具、どれをとっても今までに見たことのないくらい豊富な品揃えに私達は面食らった。
          「流石、大きな街ね」
          「あっちに珍しい薬草を取り扱う店があるってさ。 行ってみないか?」
          「それなら、鍛冶屋も見たいわ」
          若干のアルコール臭が漂う街は常に酔っている様にも思える。
          「なら、全部見て歩こう」
          「時間はあるものね」
          散策前に昨日の酒場へ行けば営業は夕方から…おそらくベリルさんが動きだすのもそれくらいなのだろう。
          私達は時間潰しに街のあちらこちらを見て回った。
          散策のお陰か、先程のモヤモヤとした気分もいつの間にかなくなっていた。

           夕方、一頻り街を見て回った後、私達は再び酒場の前に立っていた。
          しかし、中からは店主とベリルさんのものであろう怒号が響いており中に入るのが躊躇われ、この状況。
          かれこれ一時間ばかり立ち往生しているのだ。
          「日を改めた方がいいのかしら…?」
          「どうだろう…」
          お互い顔を見合わせる事なく扉の前で立つ私達を通りすがりの人達はどう見ているのだろうか。
          このままではいけないのだろうけれど、店内の様子がありありと想像出来るくらいの声、たまに響くガラスが割れる音。
          やはり入ってはいけない気がする。
          …その時だった。
          私達の背後でなんとも間延びした甘ったるい声がした。
          「ちょっとぉ〜どいてくれなぁい? 邪魔なんだけどぉ」
          「え?」
          「あ、すみません」
          慌てて振り返ると、女の私ですら目のやり場に困る様な色っぽい女性が立っていた。
          真っ赤なドレスに真っ白なファーを羽織り長いロールの金髪を肩に流す。
          そして口元にはこれまた真っ赤なルージュ。
          ぱっと見なくても娼婦か何かか、もしくは酒場に歌いに来たシンガーであろう出で立ち。
          「何よ、アタシの顔になにか付いてるってぇの?」
          「あ、いえ…」
          あまりに長く見ていたせいか彼女は眉を潜めて私とスピネルを交互に見てから小さく溜息を付いた。
          「此処はお子様が来る様なトコじゃぁなくってよ?」
          とっとと帰れとでも言うのだろうがこちらもそういう訳にいかない。
          「知ってます。でも用があるんです」
          「用? こんな貸切の酒場にぃ? もしかして傭兵の入団希望者ぁ?」
          用があるという私達に少し驚いた後で今度は目を細めてクスクスと笑う。
          「いえ、入団ではありません。 私達ベリルさんに用事があるんです」
          「でも…今は取り込み中みたいで…」
          私が視線を彼女から酒場の扉へ向けると、ガシャンとまた一つ何かが壊れる音がした。
          それを聞いて娼婦の様なシンガーの様な彼女は呆れた様にまた溜息をついた。
          「ったく〜。 まぁたやってんのねぇ」
          独り言を呟く彼女は私とスピネルの間に割って入り酒場の扉を勢い良く開けた。
          「アンタ達!!!!いい加減になさいっ!!!!」
          あまりにも大きく通る声。
          「よ、ルビーじゃねぇか」
          「でっけぇ声出すんじゃぁねぇよ。頭に響くだろうが」
          店主とベリルさんを除いて、そこにいた全ての者が沈黙した。
          「旦那、一体どんだけジョッキ割ったら気が済むの?! それとベリル、アンタもアンタだよ。 まだ飲みたりないのかい? 万年酔っ払いがっ!」
          彼女の一喝に目を見開いて入口から動かないまま私達は中の惨状をぽかんと見ていた。
          割れた皿やグラスやジョッキ。
          片付けが大変そう。
          そんな私達に彼女は振り返ると口を開いた。
          「入んなさい。アンタ達、コイツに用があるんでしょぉ?」
          「「あ、は、はいっ。失礼します」」
          ちょっと前の大声が嘘みたいに綺麗に笑う。
          そのギャップに私達が動揺したのは言うまでもない。
          私達はドキドキしながらもベリルさんが飲んでいるテーブルまで来ると頭を下げてた。
          店主との喧嘩が原因で機嫌が悪くなければいいのだけれど。
          「よぅ。昨日ぶりだな。」
          ベリルさんは私の心配などよそに、片手を上げて二カッっと笑う。
          まるで喧嘩などしていなかったかの様に店主に食事を注文し私達に勧めた。
          「とりあえず飯でも食いながら話そうぜ」
          そして店主との喧嘩は日常茶飯事でそれを止めるのも大概先程の女性だと教えてくれた。
          女性の名前はルビーさんというらしく店によく顔を出すバーシンガーだそうだ。
          「ま、そういうことだからよ。 あんま気にすんな。」
          「はぁ…」
          何というかざっくばらんすぎて付いていけずに生返事しか出来ない。
          「んで、用ってのは昨日の話の事か?」
          一通り料理を口にした後、いよいよ本題に入る。
          ジョッキを煽るベリルさんの言葉に私達は力強く頷いて口を開く。
          「私達に剣を教えてください! 剣の稽古、戦い方教えて頂けるんですよね? お願いします!」
          「俺達、強くなりたいんです!」
          「強く…ねぇ」
          私とスピネルの言葉にベリルさんからはニタリと音がしそうな意地の悪い笑みが返ってきた。
          「剣を教える事くらいなら出来ると言ったのは間違いない。だが強くなるっていったって、色々あるぜ?お前さん達は一体どう強くなりたいんだ?どう剣を使いたいんだ?」
          どうとはどういう事なのだろう。
          「どう…って…」
          「強くなる事に種類があるんですか?」
          「ある」
          まだ本題など少しも話せていないのにベリルさんはそれ以上話す気はないと言う。
          「どう強くなりたいか決まったらまた来な。 じゃなきゃ稽古も何もねぇや」
          私達は半ば店を追い出される様な形で外に出された。
          「どう強くなりたいかだなんて…」
          「どういう事よ」
          私達は店の前で頭を抱え蹲りたい気持ちを抑え、二人揃って肩を落とし昨晩泊まった宿へと蜻蛉返りを果たした。

          13

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             13

             手頃な宿に落ち着いたペリドットとスピネル。
            彼らは、話に聞いていた印象とは正反対のベリルに頭を抱えていた。
            「どうしたらいいのよ…まさかあんな人だとは思わなかったわ」
            「そうだね。もっとちゃんとした人なのかと思っていた」
            傭兵を捕まえて、ちゃんとしたもないだろうが、二人は甚く真剣だった。
            元騎士で、ロードクロサイトにもなれたかもしれない男。
            そんな彼が騎士団を去ったという事実が、二人には信じられなかった。
            自分達の目標である、騎士団最高位。そこに手が届くかもしれなかったのに、自らその地位を捨て、今や傭兵に身を窶しているなんて…
            「ベリルさんに教わることなんか、あるのかな?」
            不安げに呟くスピネルに、ペリドットは何と言葉を返したらいいのか分からなくなっていた。
            「…ラウレールさんの言葉を信じたいけど、あんなに軽そうな人だとね…確かに、彼の部屋に通された時の彼の目は只者じゃないとは思ったけど…」
            「うん…これからどうする?」
            「このまま、リディルへ向かうことも出来るわね。でも、正直迷ってる」
            本当に困ったという顔をするペリドットに、スピネルは暫し考えて、こう切り出した。
            「じゃあ、少しの間、彼の元で修行してみるってのはどうだろう?」
            「え!?」
            まさかスピネルがそんなことを言い出すとは思わなかったペリドットは聞き間違いかと、スピネルの顔をマジマジと見つめた。
            「俺も、まだまだ実力不足だし、騎士が何たるかは一先ず置いておいて、あの人の元で実力を積むのも悪くないかなって」
            「スピネル、本気?」
            「俺は至って本気だよ。このままの実力じゃ、いつまで経ってもペリドットには勝てないって分かってるし、君の足を引っ張ってばかりだ。俺はペリドットと並んで胸を張って歩きたいんだ」
            スピネルがそんなことを思っていたとは、ペリドットは思いもしなかった。
            今までの道中も、のほほんと過ごしていたスピネル。ロードクロサイトになりたいなんて、言葉の上での決意だと思っていたのだ。
            ―――スピネルはスピネルなりに考えていたのね。
            そんなスピネルの言葉を聞いて、ペリドットは決心した。
            「分かった。私もキアペルラモールとの戦いで、自分の未熟さは感じてる。リディルへ向かうのは、お互いにもう少し実力を付けてからにしましょう。それに、ベリルさんがどんな人なのかも見極められるものね」
            少しでも強くなりたい。そして目指すのは騎士の最高位。その夢に向かって、二人は決意を新たにした。
            まさか、ラウレールとベリルがあんな物騒な話をしているとも知らずに。
             
             翌朝、夜明けと共に目覚めたペリドットは水を汲むため、宿の中庭にある井戸へと向かった。
            別に眠れなかったわけではない。リーリオ村で暮らしていた頃からの習慣で、自然と目が覚めてしまったのだ。
            酒造と音楽の街だけあって、ジャメルの夜は明るく賑やかだった。
            そこ彼処に酒場があり、風に乗って陽気な音楽や、酔っ払いの喧騒などが聞こえていた。
            前日の野宿の疲れもあってか、ペリドットもスピネルも、ベッドに入った途端に気絶するように眠りに落ちてしまったので、そんな喧騒も全く気にならなかったが。
            ペリドットは井戸から水を汲み、顔を洗い、部屋に持って行くための水差しに水を入れていると、スピネルが中庭へ降りてきた。
            「あら、スピネルおはよう。まだ寝ていてもよかったのに」
            まだ眠たげな顔でやってきたスピネルに、ペリドットはそんな声をかけた。
            「おはよう、ペリドット。なんだか目が覚めちゃって、どうせなら顔を洗って剣の素振りでもしようかと思って」
            そういうスピネルの手には剣がある。
            ペリドットは頷いて微笑んだ。
            「それ、悪くないわね。ちょっと待って、私もこれを部屋に置いて、剣を取ってくる。どうせなら稽古をしましょ?」
            「わかった。じゃあ、顔を洗って準備しておくよ」
            スピネルもニヤリと笑って剣を掲げる。
            ペリドットは部屋に剣を取りに行くために、小走りで中庭を出るのだった。

             静かな朝の空気の中、剣のぶつかる高い金属音が響く。
            おそらくこの街の住人は、まだ夢の中だろう。
            殆どの住人は毎夜遅くまで酒と音楽を楽しむのがこの街だ。
            旅人もその例に漏れず、遅くまで飲み明かしているものだから、ジャメルという街は他の街と比べると格段に朝が来るのが遅い。
            それはもちろん夜明けが遅いわけではなく、人々の起きだす時間が遅いという意味でだ。
            ペリドットとスピネルは、夢中で剣を振るった。
            まるで向き合う二人しか街の中に居ないかのような静けさが、逆に集中には打ってつけだ。
            「ねえ、ペリドット」
            「なに?」
            剣のぶつかる合間にスピネルが声を上げる。
            「俺…強くなるから!」
            その真剣な言葉と眼差しにペリドットは驚き、いつもはしない足運びをしてしまった。そのせいで下草に足を取られ、体勢を崩す。
            その隙をスピネルは見逃さず、ペリドットの剣を弾いた。
            「あっ!」
            ペリドットの手から剣は弾かれ、地面に落ちる。
            その落ちた剣を、信じられないという顔で見つめる、ペリドットとスピネル。
            「…勝っちゃった…」
            スピネルは肩で息をしながら呆然と呟いた。
            スピネルはこの時初めて、ペリドットから一勝を獲ったのだ。
            この一勝が、この先のスピネルを変えることになるとは、この時二人とも全く思いもしなかった。
            この先、二人を待ち構える大きな出来事の前には、とても些細な出来事だったからだ。

            12

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              12

               昔から森の賢者は何を考えているのか分からない。
              長生きしすぎる種族というのは人間からしたらさっぱり理解不能だ。

               昼間、俺の所に騎士になりたいという子供達が訪ねて来た。
              普段なら子供の話なんて聞く気はないが、ふと出た名に気を惹かれ話を聞けばそいつ等は旧友の紹介でこの街に来たという。
              「ったく…どういうつもりなんだヤツは…」
              一階の酒場で幾分か飲んだが気が晴れず、結局自室に溜め込んである酒を開けながらソファーにふんぞり返った。
              考えていても仕方ない、まどろっこしいのは好きじゃない。
              こういう事は本人に聞くのが一番いい。
              「そうだ…アレがあったな」
              俺はふと思い出し、ベッドの下、しばらくいじっていなかった荷物を散らかして捜し物を見つけ出す。
              それは『魔女の鏡』。
              もう随分昔にエルフの集落で手に入れた鏡だ。
              その昔魔女達が連絡を取り合ったり、離れた場所の様子を見るために使ったといわれる物で持ち主の都合で世界のありとあらゆる鏡と繋がるという代物だった気がする。
              それが面白くて何度か昔の仲間達とこの鏡で連絡をとりあったがまさかまたこれを使うとは思わなかった。
              俺はその鏡を壁に立て掛け、それを覗く様にして自分の旧友の名を呼ぶ。
              「おい、ラウレールそこにいるか?」
              声をかけたところで相手が鏡の近くにいなければ意味はないが、俺は知っている。
              アイツがこの時間必ず家の鏡がある部屋に居ることを…。
              「なんだい。珍しいねベリル。元気だったかい?」
              暫くして目の前の鏡に懐かしい姿が現れた。
              それを見届け、俺はソファーへ腰を落ち着けると空になっていたジョッキに新しい酒を注いで声を返す。
              「そこそこな。 それより、どういうこった」
              「何が?」
              「あの子供達だ」
              「あぁ、ペリドットとスピネルかい? 良い子達だろ?」
              何をどう良い子なのか問いたくなるが、そこを突っ込む気にはなれなかった。
              「どうと言われてもな。まだ一言二言しか話してねぇよ」
              「そうかい」
              「それより、お前アイツ等に俺の事なんて言った」
              あの二人は俺を見てかなり困惑した顔をしていた。
              多分ラウレールがおかしな事でも吹き込んでそれがイメージと違ったから混乱したのだろう。
              「何って、元騎士で、ロードクロサイトになれたかもしれない男だと言ったくらいだが?」
              確かに間違いじゃない。
              昔はそんな事を言われていた時代もあった。
              「アイツ等は騎士になりたいんだろう。 俺を紹介して何になる。 何も言わなければアイツ等はこの街に寄らずリディルに行ってそのまま騎士にでもなんにでもなっただろうが」
              「まぁ、そうだけど君はそれでいいと思う?」
              恐らくラウレールが言いたい事は分かる。
              「それは、どういうこった…」
              「言わなくても分かると思うんだが?」
              いちいち回りくどい。
              「ああ、まぁな…大体見当は付いてるぜ」
              「君が騎士を辞めたのは、国が君の持つ騎士道にそぐわなくなったからだろう?」
              俺達にとって規則やルールなんてモノは端からどうでもいい事だった。
              ただ昔はそこに絶対的な信じられるものがあった。
              「そういうお前もだろうが」
              「だから二人に君を紹介したのさ。本物の騎士を増やすために」
              「本物…ねぇ」
              何が本物かは俺にも分からない。
              だが、いつの頃からか王国はどんどん無駄に領地を広げる様になった。
              そして騎士団はその最前線を進み、罪もない者のテイトリーをも侵し、そこいら中の国と戦争をしては勝利をおさめ軍事国家として発展した。
              今の騎士達は昔の様な誇りも威厳もありゃしない。何よりも王国のため自分のための奪うだけの兵器。
              今あの場所に残っているのは騎士という者を美化して陶酔している奴かただの戦好きだけだろう。
              昔の栄光などない。
              心から騎士道を掲げ騎士として生きていた者達がどうなったかなどは俺や傭兵団の連中を見れば分かる。
              自分から騎士団を去るか、ある日突然意味も分からず解雇されるか、酷いものは王国への謀反の濡衣を着せられて国から追放させられるかだ。
              「自慢じゃないが、私は伊達に長生きはしちゃぁいない。あの二人には希望が見える」
              「ったく、何を根拠に言ってんだよ」
              酒を飲み干した俺にくつくつとよく笑う旧友。
              「まぁまぁ、私の勘は信じるに値すると思うが?」
              昼間の子供達に何を見たのかは知らないが、昔からコイツが何か物を言うと嘘も本当になる気がするから不思議だ。
              「んで?結局本物の騎士をたった二人作ってお前は何がしたいんだ?たかだか二人子供を育てただけで昔の騎士団でも再建しようってのか?」
              肩を竦めて揶揄ったつもりだった。
              だが次に返ってきた返事に俺の顔が引きつったのは言うまでもない。

              「腐った国を潰す…って言ったらどうする?」

              「はぁっ?!」
              あまり見ない真剣な様子にジョッキを落として言葉が詰まった。
              確かに腐ってはしまっただろうが国、しかも大国だ。
              そんじょそこらの小さい村や街を潰すそれとは訳が違う。
              「酔狂と思うかい?」
              「ああ、随分飛んでる話だな」
              「ははっ、そうだろうな。 冗談だ」
              冗談…?
              とてもそんな風には思えない。
              どういう手段かは考えが及ばないがコイツならやりかねないとも思う。
              「ま、冗談はさておき君が騎士の誇りを忘れていないのならその信念を全てあの二人にぶつけるのが騎士のあるべき勤めなんじゃないか?」
              少しでもマトモな騎士が増えるように願ってなんて最もらしい事を言っているラウレールに俺は溜息しか出なかった。
              「冗談…ね。 今はそういう事にしといてやるよ」
              「きっとあの二人は君の所へまた来る。 その時はよろしく頼むよ」
              「ったく…分かったよ。 適当に面倒見てやる。 偉大な森の賢者様の言いつけならな仕方ねぇからな」
              「ふふっ、こりゃぁ騎士団長殿は手厳しいな。 否、今は傭兵団長かな?」
              面倒事に巻き込まれるのは慣れているが皮肉の一つでも言ってやらねぇと気が済まない。
              だが、それも効果がないのは知っている。
              「減らず口が…んじゃぁまた連絡する」
              「ああ、楽しみにしているよベリル」
              「ああ」
              ラウレールと会話を終えた俺は鏡を仕舞い、落としたジョッキを拾って再び一人酒と洒落込むことにした。
              「国を潰す…か」
              まぁ、あの男の事だ酔狂がすぎるが国をどうこうしようというのも悪い意味で言ったのではないだろう。
              俺はとりあえず当面の間面倒を見ることになるだろう二人の子供の顔を思い出しつつ酒を煽った。

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                 11

                 とても静かな夜だった。
                聞こえるのは虫の声と時折吹く風に揺れる葉擦れの音。
                この分なら、何事もなく夜明けを迎えるだろう。
                先に見張りに立ったのはペリドット。
                ジャメルまで、あと半分ほどだろうか。
                ぼんやりと熾火を眺めながら、ペリドットは思いを馳せる。
                ジャメルに辿り着きベリル・モルガに会い、騎士とは何たるかを学び、そして…
                騎士になることを夢見て、それだけを胸にリーリオ村を出たペリドット。
                自分の…いや、自分達の未熟さはキアペルラモールとの戦いで嫌というほど感じた。
                あの時、ラウレールが助けに入ってくれなかったら、スピネルは死んでいただろう。
                そして、それを目の当たりにしていたら、ペリドットは平静ではいられなかっただろう。
                だが、後戻りを出来るほどペリドットは大人にもなれなかった。
                不安を拭い去るように、がむしゃらに進むしかない。
                「…絶対に騎士になる…!」
                揺らぐ気持ちを押さえつけるように、誰に聞かせるともなくペリドットは呟いた。
                こうして夜が更けていった。

                 次の日、ジャメルへの旅を再開した二人は、ただひたすらに歩を進めた。
                ペリドットは騎士になる決意を胸に、スピネルはジャメルという街への期待に胸を膨らませながら。
                やがて、街道にも馬車や旅人達がちらほら現れ始めた。
                「もうすぐジャメルに着くんだよね?あの馬車は商隊の馬車かな?」
                どうにも行楽気分の抜けないスピネルの発言に、ペリドットは自分がずっと足元ばかり見て歩いていた事に気付いた。
                「えぇ、そうね…ジャメルは大きな街だから、酒の買い付けや、商売に集まる商人が多いと聞くわ」
                「じゃあ、今夜はゆっくりベッドで寝れるんだね」
                野宿で体が痛くなったと笑うスピネル。そんな彼の能天気さに、ペリドットは救われることもあった。
                キアペルラモールとの戦いで死にかけたことも、彼はすっかり忘れているのだろう、楽しそうに街道を歩いていく。
                やがて、ジャメルの街を囲む障壁が見えてきた。

                 ジャメルの街へ入った二人は、ラウレールに教えられた酒場へ向かった。
                酒場といっても、宿と兼業の食堂のようなものが主流なので、荒んだ空気はなく、街の人々も気軽に昼食や夕食を食べに集まる場所だ。
                「神の林檎亭…ここだわ」
                その店は大き過ぎず、かといって安宿というほどでもない、極めて一般的な酒場だった。
                おそらく、ベリル・モルガ率いる傭兵団が貸し切っているのだろう。
                男達の笑い声や、時々怒鳴り声などが店の外まで聞こえてくる。
                「…ペリドット…どうする?」
                いくら一般的な酒場だといっても、中に居るのは傭兵団だ。
                スピネルは不安げにペリドットを窺う。
                「行くしかないでしょう。ここにベリルさんが居るんだから」
                虚勢で返事をし、ペリドットは扉に手をかけた。

                 騒がしい店内。給仕の女性達が、料理や酒を手に、くるくると各テーブルを回っている。
                カウンターの店主と思しき、男がペリドットとスピネルに声をかける。
                「よぉ、嬢ちゃん達、すまんな〜店も宿も貸切なんだ」
                旅装束の二人を見て、宿の客だと思ったのだろう、店主は陽気に声をかける。
                「あ、いえ、私達はベリル・モルガさんという方がここに居ると聞いて来たんですが」
                「なんだ、そうか!おーい!ベリル!客だぞぅ!!」
                さすがに傭兵相手に商売をしている宿だけあって、店主は傭兵達のがやがやという声に負けない大声でベリル・モルガを呼ばわった。
                「なんだ、うるせえな。お前の大声は頭に響くんだよ!」
                悪態をつきながら壮年の男が現れた。
                傭兵というからには柄の悪い大男を想像していた二人の前に現れたのは、予想を裏切る優男風の男だった。
                「客?ってなんだ、子供じゃないか」
                ベリルと思しき男は、ペリドットとスピネルを見て、片眉を上げた。
                「貴方がベリルさんですか?私達はラウレールさんに紹介されてここに来ました」
                ペリドットは強面の大男じゃなかったことに少し安堵しつつ、この場所へ来た理由を話した。
                「あぁ、俺がベリル・モルガだ。ラウレールか、懐かしいな、あいつ元気か?」
                ペリドットの言葉にニコニコとベリルは話し始めた。
                「おっと、ここじゃ騒がしいな。場所を変えよう」
                そう言うと、ベリルは二人に背を向けさっさと歩き出す。
                ペリドットとスピネルは顔を見合わせ、ベリルの後を追うことにした。

                 宿の一室、どうやらベリルの部屋らしい。
                ベリルは大男ではなかったが、背はすらりと高く、身のこなしから一般人ではないことを察することが出来るが、垂れ目のせいか、一見人の良さそうな印象だ。
                彼は部屋の椅子に腰掛け、二人にはソファーを勧めた。
                「それで?ラウレールがどうしたって?」
                無精髭を撫でながら、ベリルは切り出す。
                さっきまでの人の良さそうな印象とは打って変わり、瞳が鋭さを増す。
                その瞳に気圧されながらも、ペリドットは話し始めた。
                「私達はリーリオ村という所から、騎士を目指して旅立ちました。その途中で、ラウレールさんに命を救われ、貴方のことを聞いて、ここまで来ました。ラウレールさんは、騎士だった貴方から学べることがあるだろうと言って、送り出してくれたんです」
                話をするペリドットを探るように見ていたベリルだが、粗方の事情を聞いて、突然笑い出した。
                「あははは。すまない、ラウレールのヤツから俺が騎士を辞めた理由をお前さん方は聞かなかったのか?」
                笑いをこらえるのに必死といった様子で、ベリルは尋ねた。
                「…いえ、それがどうかしたんですか?」
                困惑しながらスピネルが逆に問う。
                「いやぁ〜俺は元騎士といってもな、騎士団の戒律についていけなかった落ちこぼれなんだよ。騎士団ってもんは、やれ規則だ、決まりだって煩くてな」
                聞いていた話と違う。ペリドットもスピネルもベリルと話しているうちにどんどん困惑していく。
                そんなことは全く意に介さず、ベリルは笑いながら、給仕に部屋まで運ばせたエールのジョッキを呷る。
                「だから、嬢ちゃん達が学べるもんなんて、無いと思うぞ?まぁ、剣の使い方や実践面くらいは教えてやれるかもしれないがな」
                ニヤリと形容するに相応しい笑みを浮かべ、ベリルは話を締めくくる。
                「まぁ、なんだ、ラウレールのヤツにガセネタを掴まされて、混乱してるだろうから、ゆっくり考えてからどうするか決めればいいさ。俺達は傭兵だから報酬さえ貰えればどんな仕事だってするしな」
                そんな言葉に送られて、とりあえず酒場を出た二人だったが、この先どうすればいいのか、全く分からなくなってしまった。
                「ペリドット…どうしよう?…」
                「ベリルさんがあんな人だなんて、全く想像もしていなかったわね。もっと、歴戦の猛者っぽいのかと…」
                「そうだよ。僕もそう思っていた!でも、実力はある人なんだよね?」
                ベリルの部屋を見上げながら、二人は立ち尽くした。
                「とりあえず、今夜の宿を探しましょうか…」
                「…そうだね」
                一旦この問題を脇に退けて、現実問題に目を向ける二人であった。

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                   ジャメルへの道は「退屈」の一言につきる。
                  一日でこんなに退屈というものを味わった事はないのかもしれないとペリドットは歩きながら思った。
                  退屈だと思うのは出発初日から騒々しい出来事を体験していたせいもあるだろう。
                  しかしこの退屈っぷりといったらない。
                  西の街道は時折坂があるくらいで、それ以外は何もない草原の道。
                  思いの外整えられているのは旅行者への配慮なのだろうが冒険というものには程遠い。
                  何もないに越したことはないが、逆に何もなさすぎてつまらない。
                  森を出たのがもう遠い過去の事の様に時間が長く感じる。
                  「ジャメルねぇ…」
                  暇つぶしに地図を見ても先にあるのはジャメルだけ。
                  「酒と音楽で有名な街かぁ」
                  ワクワクするなぁ〜と彼女の前を呑気に歩くのは勿論スピネル以外はない。
                  「そうね、私も聞いた事しかないけど陽気で楽しそうな街ねぇ〜」
                  心のうちでは思ってもいないが適当に返事を返す。
                  ラウレールに元騎士の情報を貰って心踊っていたのはいつの事か…。
                  「道中も平和だしこれならジャメルまで楽勝だと思わないかい?」
                  「そうね〜それでも一泊は野宿でしょうけど」
                  高い空に鳶の様な鳥が旋回する。
                  春の様な爽やかで暖かい日差し、草原の草は活々と香る匂いも気持ち良い。
                  会話もいつしか無くなりただ黙って歩くのみ。
                  「野宿かぁ…フェアリーランプ楽しみだな」
                  一人呟くスピネルを無視して彼女はジャメルにいるという男の事を考えていた。
                  元騎士団にいた男ベリル・モルガ。
                  ラウレールの話では熱血漢の様なイメージを受ける。
                  信頼もあり腕もたった男。
                  騎士団にそのままいれば確実にロードクロサイトの道を進んでいたとされるという。
                  それなのに今はジャメルで傭兵団を率いている。
                  騎士にくらべて傭兵は収入も不安定で金さえ払えば善にも悪にもなると噂で聞いたことがある。
                  騎士でいる以上に傭兵にならなければならない事情でもあったのだろうか…?
                  すべて推測ではあるのだが、会ってみたいと思う反面ベリルという男が一癖二癖ありそうな気がしてならない。
                  「あ〜やめやめ」
                  考えても仕方ないとペリドットは頭を振る。
                  「どうしたの?」
                  「え?あーちょっとベリルさんってどんな人なのかな〜って思っただけ」
                  振り返ったスピネルにベリルの名前を出せば彼の表情が先程よりもキラキラと輝くものに変わった。
                  「きっと凄い人に違いないさ。騎士団にいればロードクロサイトになってたかもしれないってラウレールさんも言ってたし」
                  「そりゃぁ凄いわよ。なんたって警戒心の強いエルフに信頼されるくらいだもの」
                  「あー、早くジャメルに行きたいよ。楽しみだなぁ。会ったら剣の稽古とか付けてもらいたい」
                  「ふふっ、アンタじゃ瞬殺間違いないでしょうけどね」
                  「瞬殺って縁起でもない」
                  「あら、本当じゃない。私だって絶対瞬殺される自信あるのよ」
                  「間違いじゃないけどそんな自信を胸張って言わなくてもいいよ」
                  歩き続ける平和な道にしばらく会話の花が咲いた。

                   もうすぐ夕暮れ。
                  そろそろ今晩の寝床を確保しなくてはならない。
                  「もうすぐ夕方ね。今日はここまでにして野宿の準備をしない?」
                  「お腹も減ってきたし…とりあえず野宿出来そうな場所を探そう」
                  ペリドットとスピネルは野宿場になりそうな木を探しながら歩く。
                  今のところ魔物に遭遇していないが、もし夜行性の魔物がいた場合寝込みを襲われる可能性もある。
                  手練ではない未熟な二人だけの野宿では体を横たえて寝るのは危険。
                  そのためペリドットとスピネルは木にもたれ交互に見張りをしながら体を休ませる方法で野宿をする事に決めた。
                  しかし何もない草原で遠慮がちに生える木々はどれも野宿には適さない。
                  「そうね、何とかして木を見つけなきゃね」
                  「あ、アレなんて良さそうじゃないかい?結構幹もしっかりしていそうだし」
                  「周りも見通しがいいわね」
                  「じゃぁ、決まりっ」
                  二人が体を休ませられそうな木を漸く一本見つけた頃には太陽もギリギリ日を保っている状態だった。
                   エルフの村で物々交換で手に入れたフェアリーランプを適当な場所へ吊し、乾燥した葉や木枝を集めそれに火を焼べて夕食の準備。
                  湯を沸かし、簡単にパンを入れたスープを作ればそれが彼等の本日の夕食。
                  当然だが、お粗末にもあまり美味しいと呼べる代物ではない。
                  今は腹を満たせばそれでいいのだ。
                  食事も終わり残った焚き火に虫除けならぬ獣除けの薬草を加えればちょっとした刺激臭を含んだ煙が上がる。
                  なんとも形容しがたい臭いだが獣が嫌う臭いをさせて獣を遠ざけ危険を回避するにはこれが一番ポピュラーな方法であるため臭いは我慢するしかない。
                  これで準備は万端。
                  二人の野宿は始まった。

                  目次1

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                    設定や本編の各話へ飛べる様にリンク目次作ってみました。

                    ☆設定☆

                    設定を見に行く


                    ☆本編☆


                    第一話 ●第二話 ●第三話 ●第四話
                    第五話 ●第六話 ●第七話 ●第八話
                    第九話

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                       9

                       朝食の後、旅の装備を整えるため、ペリドットはスピネルと二人でエルフの集落を散策していた。
                      ペリドットは旅の準備をしっかりしていたが、スピネルは勢いだけでリーリオ村を出てきたので、必要な物は意外と多かった。
                      「あとは…食料と、ランプオイル…」
                      必要な物を指折り数えながらペリドットは効率よく、店を回って行く。
                      「なあ、ペリドット。ランプだったら、あの店じゃないか?」
                      スピネルの指差す先にランプの絵の看板を掲げた店がある。
                      「そうね、あの店にしましょう」
                      カラァンとドアについたベルが鳴る、店の中には大小様々なランプが所狭しと並ぶ。
                      店のカウンターには年老いたエルフがランプの細工を作っている。
                      「こんにちわ。私たち、ランプオイルを探しているんですけれど」
                      年老いたエルフにペリドットは声をかけた。
                      老エルフは細工からゆっくり顔を上げると、人のよさそうな笑顔でペリドットとスピネルを交互に見やると、こう言った。
                      「やあ、昨日来たリーリオ村の子供達だね。申し訳ないが、この店には人間の使うランプオイルは置いていないんだよ」
                      困ったように眉を下げる老エルフに、スピネルは尋ねた。
                      「おじいさん、じゃあここにあるのは、昨日の夜見たフェアリーランプなんですか?」
                      「あぁ、そうだよ。ワシが妖精達から鱗粉を分けてもらって、こうして一つ一つ作っているんだよ」
                      老エルフは作りかけの細工を二人に見せてくれた。
                      「スピネル、おじいさんのお仕事を邪魔しちゃいけないわ。それに、ランプオイルを探さなきゃ」
                      ペリドットのその言葉を聞いて、老エルフはそれは困ったと口を挟んだ。
                      「お嬢さん、この村ではランプオイルは手に入らんよ。この村ではこのフェアリーランプしか使わないからね…」
                      その言葉を聞いて、ペリドットとスピネルは困ったように顔を見合わせた。
                      「そうだ、よかったらお嬢さん達の持っているランプを譲ってはくれないかね?ワシは人間達の使うランプにもとても興味があってね、コレクションをしているんだ。その代わりにこの店のランプと交換してはどうだろうか?」
                      二人の困った様子に、老エルフはそんな提案をした。
                      「ですが、おじいさん。フェアリーランプはとても高価なものなんですよね?私達の持っているランプではとてもつり合うとは…」
                      昨夜、ラウレールからフェアリーランプの相場を聞いていた、ペリドットは戸惑った。
                      フェアリーランプは材料の貴重さもさることながら、その薄ぼんやりと光る灯りは閉じ込めた妖精の鱗粉と月の光さえあれば、永久的に灯るので、その分人間の世界のランプとは比べ物にならないくらい高価なのだ。
                      「なぁに、ワシにとっては、ランプは値段じゃないのだよ。この村はあまり人間達と交流を持たないのでな、人の作るランプなぞ、なかなか手に入らない。だから、ワシにとっては、この取引は対等なものだと思うが?」
                      茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる老エルフ。
                      その言葉に、やっと笑顔を見せ、ぺリドットとスピネルは老エルフの提案にありがたく乗ることにした。
                      「ありがとうございます。そう言っていただけるのでしたら、私達のランプはこれです」
                      ぺリドットは自分の荷の中から、使い込まれたランプを取り出した。
                      「どれどれ、ほぅ、こりゃいいランプだね。大切に使っていたんだな。古いが傷みは少ない」
                      ペリドットの持ってきたランプは小さいが、ずっと家で使っていたものを父が持たせてくれたものだ。
                      そのランプを褒められて、ペリドットは嬉しいのと誇らしいのとで、思わず笑みをこぼした。

                       新しいランプを手に入れ、食糧も買い込んだ二人は、森の出口まで送ってくれると言うラウレールとの待ち合わせの場所に向かった。
                      森を出るのは、エルフの村を目指した時とは打って変わって、あっけないほどだった。
                      ラウレールの案内のおかげか、危険は全くなく、キアペルラモール達もエルフの村とは離れた自分達の縄張りに戻ったようだと、ラウレールは語っていた。
                      「この道を西に向かえばジャメルに着く。君達の旅に精霊の加護がありますように」
                      ラウレールは祝福の言葉と共に、ペリドットとスピネルを送り出してくれた。
                      また二人旅に戻ったペリドットとスピネルは、ラウレールの話してくれた、ジャメルに向かって歩き始めた。
                      ここからは徒歩で2日ほどだろうか、ジャメルへ行くのはペリドットも初めてなので、この先の集落等は分からない。
                      「この先は野宿になりそうね」
                      地図を確認しながらペリドットが呟く。
                      「じゃあ、この貰ったランプが早速役に立ちそうだな」
                      スピネルは嬉しそうにランプを撫でる。
                      その嬉しそうな姿に、ペリドットは少し呆れつつも、これからの旅が少しだけ楽しいものになるように祈ったのだった。


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