ガサガサと下草を払い除けながら、スピネルは走っていた。
背後からはキアペルラモールの息遣い。
もう何度目だろう――
スピネルは幾度となく夢の中でキアペルラモールに追いかけられていた。
だが、あの時の恐怖はそのままに全力で逃げて、追いつかれて殺されそうになって目が覚めるのだ。
夢の中には、ペリドットは居ない。たった一人でキアペルラモールから逃げるのだ。
とても夢の中とは思えない緊張感。
首筋を汗が流れていく不快感までもがあの日のままだ。
―――怖い!
スピネルは恐怖を感じながら、必死に足を動かす。
そこで、下草に隠れた木の根に足を取られた。
無様に転んで這い蹲った所に、不気味に迫るキアペルラモールの唸り声。
咄嗟に腰の剣を探すが、無い。
辺りを見回しても武器になりそうなものは無い。
―――どうしよう…怖い…誰か助けて…
パニック状態に陥ったスピネルは這い蹲ったままの状態で必死に逃げようとするが、上手く力が入らない。
そのうち追いついたキアペルラモールがスピネルの回りをグルグルと回りだす。
―――もう駄目だ…
迫りくるキアペルラモールの爪と牙に、スピネルは叫び声を上げながら目を閉じた。
スピネルは声を上げながら、ベッドから飛び起きた。
着ていた衣服はぐっしょりと汗に濡れ、息も上がっていた。
「…またあの夢だ…」
夜風を浴びようと、窓を開ける。
するとそこへ、扉を叩く音がする。
「スピネル、起きてる?」
ペリドットだ。スピネルは扉を開けた。
「ごめん。寝てた?」
「いや、大丈夫。どうしたの?」
ペリドットの息は弾んでいる。部屋に居たのではないのだろうか?
「あのね!聞いて!」
ペリドットはペドレリーアに聞いた話を話し始めた。
「ふーん。なるほどね。心の強さは自信。か…」
ペリドットの話を聞いて、スピネルは考え込むように呟いた。
「私、この旅に出て、今まで持ってた自信を無くしかけてた。自分が本当に騎士になれるのかって。今のままじゃとても騎士になんてなれないわ。ペドレリーアの話を聞いて、それに気付いたの」
まだ問題は何も解決していないけれど、まるで問題が解決したかのように嬉しそうにペリドットが話す。
その様子を見て、スピネルはさっきの夢の中の自分を思い出し、惨めな気分になった。
―――ペリドットはいつでも真っ直ぐだ。なのに俺はこんなにも弱くて、夢の中でもキアペルラモールに追いかけられて…
「…スピネル、聞いてる?」
「え?何?ごめん」
「もう!だから、ベリルさんに出す答えよ。自分達で答えを出さなきゃいけないでしょう?」
話を聞いていなかったスピネルにペリドットは頬を膨らませる。
「そうだね。どうしようか…」
「まあいいわ。今日はゆっくり寝て、このことは明日ゆっくり話しましょう。」
ぼんやりとした様子のスピネルに、ペリドットは軽い溜息をつきながら、話を切り上げた。
「じゃあ、おやすみ。スピネル」
ペリドットはスピネルが疲れているのだと思い、自分の部屋に戻っていった。
「何やってるんだろう…俺は…」
スピネルはペリドットの出ていった扉を見つめながら、頭を抱えた。
キアペルラモールに襲われた日以来、まともに眠れていない。僅かな仮眠の時でさえ、あの夢を見る。
―――俺はペリドットみたいに強くない。それは分かってる。今朝の勝利だって、偶然だ。ペリドットが下草に足を取られなかったらいつものように負けていただろう。
「心の強さなんか、俺にはからっきしだ…」
自嘲気味に呟いて、スピネルはベッドに体を投げ出した。
翌日。ペリドットとスピネルは朝食を取りながら昨夜の話の続きをしていた。
「信念って難しいわよね。形もないし、すぐに分からなくなっちゃう」
パンを千切りながらペリドットは話す。
それを聞きながら、スピネルはベーコンをフォークで弄んでいた。
「俺は…俺には信念も自信もない。ましてや、君のような強さもないんだ」
そう呟きながら、スピネルはここのところ悩まされていた夢の話をペリドットに語り始めた。
「あの日以来、毎晩夢を見るんだ。薄暗い森の中でキアペルラモールに追いかけられる。剣もなくて、ペリドットも居ない。ただひたすら走って…走って…」
「その後どうなるの?」
「キアペルラモールに襲われるところで目が覚める」
思い詰めた表情で語るスピネルに、ペリドットは何と言葉をかけていいか分からなかった。
「…あの日からずっと?」
「ああ。仮眠の時にも見る」
スピネルは頷いて、話しだす。
「俺にもどうしていいのか分からないんだ…」
頭を抱えるスピネル。
その様子に、ペリドットも頭を抱えたくなった。
「どうしよう…答えどころじゃなくなっちゃったわ…」
